金子 鈴太郎(かねこ りんたろう)
プロフィール
桐朋学園ソリスト・ディプロマコースを経て、ハンガリー国立リスト音楽院に学ぶ。
コンセール・マロニエ、国際ブラームス・コンクール、カルロ・ソリヴァ室内楽コンクールなど、国内外の数々の国際コンクールで優勝、入賞。
1999、2000年イタリア・シエナのキジアーナ音楽祭にて名誉ディプロマを受賞。
2004年松方ホール音楽賞大賞受賞。
2008年1月のバッハ:無伴奏チェロ組曲全曲演奏会が高く評価され、音楽クリティック・クラブ奨励賞を受賞。
仙台フィルハーモニー管弦楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団、長岡京室内アンサンブル等とコンチェルトを共演。
NHK「名曲アルバム」、NHK-FM「名曲リサイタル」に出演。
ソロの他にも室内楽に意欲的に取り組み、安永徹、市野あゆみ、エンリコ・オノフリ、大山平一郎、上田晴子氏など世界的に活躍するアーティストと多数共演。
バロックから現代曲までの幅広いレパートリーを演奏し、これまでに日本やハンガリー、オーストリアにおいて数々の世界初演をおこなう。
01年ハンガリーで現代音楽グループ ”shyra” を結成。
2003年~2007年 大阪交響楽団首席チェロ奏者、2007年~2008年 大阪交響楽団特別首席チェロ奏者。
現在は各オーケストラにゲスト首席として招聘されるほか、サイトウ・キネン・オーケストラ、ジャパン・ヴィルトゥオーゾ・シンフォニーオーケストラ等で活躍中。
トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ首席、Super Trio 3℃、ZAZA quartet、Quartet MARK、長岡京室内アンサンブル 各メンバー。
金子鈴太郎さんにインタビューさせていただきました。
――チェロをはじめたきっかけは?
両親に言わせると、僕が「チェロをやりたい」と言ったみたいです。僕は野球が大好きで、本当は野球選手になりたかったので、自分からチェロをやりたい、と言うはずがないんですけど(笑)。
たぶん両親がチェロを好きだったんでしょうね。両親は音楽家ではないのですがクラシックが大好きで、それで僕にチェロをやらせたのではないかと思います。4歳からピアノを、7歳からチェロを始めました。
――チェロは“やらされた”感じだったのですか?
それはもう、すごく“やらされた”感じでした(笑)。外で走ってボールを追いかけたくて仕方なかったのに、毎日毎日学校から帰ったらすぐに「練習しなさい!」ってチェロを練習させられました。
――反発はしなかったですか?
反発しましたが、特に母がすごく怖くて、風邪をひいて熱があって学校を休んでもチェロは5,6時間やらされました。「今日は具合が悪いからできない」と言っているのに「やりなさい!」と言われて。
チェロがずっと嫌で、いつやめようか、と思っていましたが、「やめたい」といくら言ってもやめさせてもらえませんでした。そんな中でも小学生の時の発表会で、人よりうまく弾くとちょっとちやほやされる、ということだけは気付きました。
それにしても毎日365日、5時間も6時間も練習させる、親のエネルギーがすごいですよね。でも中学校の3年生ぐらいになって、急に放置されるようになりました。高校は音楽高校に入ったのですが、朝5時から夜10時まで学校で練習できるので家で練習しなくなりましたし。
小さい子に楽器をやらせるお家があると思いますが、そこでもだいたい途中で子供が嫌だと言って「もうやめたい」って言うんです。それでお母さんが「わかった、じゃあもうやめなさい」と言うと“昔、楽器をやっていました”で終わってしまうんですけど、そこで親がめげずに「ダメ、もっとやりなさい!」って言い続けると、プロになっちゃうんですよね(笑)。
――途中からはチェロを仕事にしようとご自身で思われたんですか?
そうですね、高校に入る前ぐらいからは。「もうこれしかないな」と。
――その頃にはチェロは好きだったのですか?
好きかどうかはよくわからないですよね。でも桐朋学園高校に入ったので、音楽の高校に行ってしまったらもう他に何もできない。チェロしかできないわけですよ。だからこれを仕事にして生きていくしかないんだろうなと、思いましたね。
――今はチェロは好きですか?
それもよくわからないですよね。
ラーメン屋の大将がラーメン好きかどうかわからないのと一緒かもしれません。今、年間180本くらいコンサートをやっていて、他にレコーディングの仕事とか色々なことをやっているので、東京にいるときは例えば、朝10時から1つ目のリハーサルをして、すぐに移動して14時半から17時までまたリハーサルをして、また移動してゲネプロ(ゲネラル・プローベ:最終リハーサル)をして19時からコンサートとか、あるいは夜は19時から23時半までレコーディングとか、そんな生活なんですよ。そうすると14時間くらいチェロを弾かないといけないことがあるんですよね。そうなると、もう好きなのかどうなのかよくわからなくなります(笑)。
――それだけの仕事をこなすのにかなり大変だと思うのですが、どうやって気持ちを保っているのですか?
保っているというか、もちろん辛いんですが、引き受けた以上やるしかない、というのと、夜遅くまでリハーサルをしていても、集中して弾いているときは結構平気なんです。でも10分休憩したりすると、とたんに疲れが出ますね。
――オーケストラや長岡京アンサンブル、弦楽四重奏、ソロなど本当に様々なことをやっていらっしゃると思うのですが、今バランス的にはどのような感じでしょうか?
室内楽が今は一番多いですね。オーケストラもソロも好きだし、全部同じバランスでやりたいんですが、やっぱり室内楽が一番好きなので室内楽が一番多くなります。室内楽は、音楽家や本当に好きな人にとってはたまらない世界なんですが、チケット代を払って聴きに来てくださるお客様にとっては一番“地味”なんですよね。クラシックのコンサートだと、オーケストラや有名なソリストだったら行こう、という人も多いんですが、例えば弦楽四重奏は「楽しいんだろうけど、また今度にしよう」と一番言われてしまうジャンルなんですよね。
――弦楽四重奏ならではの魅力は何ですか?
弦楽四重奏の大変なことばっかり思い浮かべてしまいますが、4人でどうにでも響きを作れるというところですね。弦楽器はどんな音でも出せるんです。4人いたら4倍広がる、4×4で16倍広がる、そうなると、どんなことでも表現できるんです。
――弦楽四重奏などの室内楽に興味を持ってもらうために何かなさっていることはありますか?
限られた空間で奏者から近い距離で演奏を聴けるというのはいいと思うので、そういう活動を地道にやっていくしかないのかなと思っています。演奏会が終わった後に演奏者とお客様が話せるというのも、身近に感じていただけるかもしれないのでいいですよね。それから、例えば弦楽四重奏の演奏会をやるときに、4人の演奏家が舞台に出て40分曲を弾いて無言で帰っていく、また後半で1時間の曲を弾いて帰っていく、というのではなく、曲についての話もそうですが、僕はできるだけお客様と話したいと思っています。
――今、若手から中堅になっていかれるところだと思いますが、どのようなお気持ちで音楽に向き合っていらっしゃいますか?
曲の魅力を1つでも多くお客さんに伝えたいですよね。これは僕の考えなのでそれだけが正しいというわけではないですが、僕たちがやっているクラシックの世界は“再現芸術”なんですよね。例えば、ブラームスが140年前に書いた音楽も、この140年間で何千人が弾いているわけですよ。いっぱいいい演奏の録音も残っているわけだし、もう今さら弾かなくても本当はいいと思うんです。だけど、それを弾くことで、ブラームスがどうして、どういう気持ちで、なぜこう書いたか、っていうことをまず一番お客様に伝えたいんですよ。「僕がどう思うか」ということではないんです。ブラームスが、例えばこのときは失恋して元気がなかった時だったのか、病気をしてもう自分は死ぬかもしれないと思っているときだったのか、いろんなことがうまくいって充実してやる気がある時だったのかとか。例えばこの曲はB-dur(変ロ長調)で書いたとか、最初の1楽章にvivace(ヴィヴァーチェ。速度記号の一つ。)って書いたとか、最初はpで始まって3楽章でfになったとか、全部に理由があるんですよね。それを全部知っていなければいけなくて、忠実にそれを再現する必要がある。まずそれが絶対的に必要なことだと思っています。
例えばバッハの無伴奏チェロ組曲をリサイタルで弾くときもそうなんですが、バッハのチェロ組曲ってすごく魅力がありますよね。バッハの、そんな大きな魅力の前では、僕が上手に弾くかどうかなんて、すごくちっぽけな話なんです。だから、緊張して“いっぱいいっぱい”になってその大事な部分が伝わらないよりも、失敗しようが、暗譜を忘れて止まろうが、ただバッハの魅力が伝わった方がいいなと思っているんですよね。
――例えばバッハの無伴奏は、バッハの書いた楽譜は一つしかないのに、奏者によって演奏がすごく違いますよね。ボウイング一つにしてもスラーの意味とか解釈の仕方が違うからだと思うのですが、バッハの良さを伝えたいと皆思っていても、聴衆として演奏を聴く上では、これだけ出てくる音楽が違うとバッハの魅力だけではなくて、その“奏者の魅力”もとても大事な要素で、演奏会の楽しみの一つなのですが…。
それは絶対的に必要な話で、まず音に魅力がなきゃいけない。素敵な音じゃないと。あと、センスが良くないといけない。それをやりつつ“再現芸術”ということがちゃんとできたら理想かなと思っています。それができるのには100年かかるのか200年かかるのか、という話ですけどね。
毎回色々な場所でコンサートをして、そこにお客様がお金を払って来てくださって、「なんか上手だったな」くらいだったら、もう2度とその方は聴きに来ないと思います。感動した、とか、泣けました、って思っていただかないといけない。それも、スポーツみたいに数字で結果が出るわけじゃない。人によっては好みが違うかもしれないんだけれども、本当は他の演奏の方が好きだけれども、それでもすごい!って思っていただけるように。音楽って説得力がすごく必要なんですよね。
――作曲者や曲の魅力を伝える、という話を聞くたびに、その良さを知るにはまず“奏者の音”がある、といつも思います。聴く側からすると、それ抜きにしては曲を聴くことができません。その奏者の音を好きかどうかではなく、どうやって聴いたら作曲者や曲の魅力をうまく聴けるんだろうかと考えるときがあります。
そうですよね。でも弾く側からすると、“自分が”っていうのがあると、あんまり良くないことが多いんですよ。緊張してがちがちになってしまうのは「うまく弾かなきゃ」「ちゃんと弾かなきゃ」「間違えないように弾かなきゃ」と思うからで、でもこれは本当はどうでもいい“自分の都合”の話なんです。
例えばバッハの1番のプレリュードだったら、ソレシラシレシレって弾き始めた時に、どういう景色なんだろう、どういう場所に自分が立っていて、それは街中なのか海の中なのか山なのか、そして朝なのか昼なのか夜なのか夜中なのか、それから焦っているのか怒っているのか悲しんでいるのか元気なのか眠いのか心地よいのか、っていう状況を思い浮かべて考える。最初のソはどういう音を出したいんだろうか、と。もちろん、会場の雰囲気とか自分の気持ちとも関係してくるんですけど、でもバッハはこう思ってこのプレリュードのこの和音を書いたんだろうっていうのをいろいろ考えて、じゃあその音をこう出したいと思ったらそれを探さないといけない。コンサートの前に家で練習する時にいろんな音を探すんです。コンサートで緊張したり「うまく弾かなきゃ」とか思う暇があったら、この音を出したいというイメージをはっきり作って、あとは一生懸命その音が出るように弾くんです。それが一番いい集中してる状態、なのかなと思います。
――ところで、お忙しい毎日だと思いますが、最近一番楽しかったことは何ですか?音楽に限らず、食べることでもなんでもいいのですが。
毎日楽しいんですよ。食べることも大好きで、旅がすごく多くて、ここ1ヶ月で3日しか家に帰れていないんですけど、でもここに行ったらこれを食べようって思ったり、それは毎日すごく楽しいです。一番ストレスになるのは、本当はこういう音楽を作りたいけど言えない、言われた通りに弾かなければいけない時です。でも最近はずっと、「これはこう弾きたいんです」って言えるんですよね。相手もそれを全部言ってくるし、僕も全部言える。意見があまりにも違うということもそれほどないので、出会った人たちと心の底から作りたい音楽を一緒に作れるというのは本当に幸せでありがたいですよね。
――趣味は何ですか?
まず野球観戦。自分でも野球をやりたいんですけど時間がなくて。それからゲーム、それも野球のゲームです。それにボーリング。球を2個と靴も持っているんですよ。調子がいいときはスコアが248とか出るぐらいボーリングが大好きです。あとビリヤード、卓球、ダーツ、全部球やラケットを持っているし、ダーツも2セット持っています。あと電化製品。アップルストアとか行くともうドキドキするぐらいです。それと読書。ジャンルを問わず片っ端から読みます。本を読むのがすごく速いんですよ。1日で1冊のペースで読んでしまうんですけど、速く読んで本当に心から面白いなと思って満喫するんですけど、忘れるのが早いんですよね。そうすると、2年くらい経つと、もう何も覚えていないので、もう1回読むとまた楽しめるんです。
本を読むのは現実逃避です。やっぱり毎日大変で、まだ弾けない、とかあの曲も練習しないと、ってなるので、池波正太郎とかを読むと頭の中はもう完全に江戸時代になって、悩みがなくなるんですよ。読まなくなると全然読まない日が続いたりしますけど。読むときは毎日1冊づつ読むので、そうするとだいたい寝不足になっています(笑)
――これからの目標や、これから先どういうチェリストになりたいと思われていますか?
だんだんと、はっきり「こうなりたい!」というのではなくなってきているんですよね。昔からずっと思っていることの一つは、やっぱりクラシックって人気がないと思うんです。だから一人でも多くの方に目の前で聴いてもらって引きずり込みたいですよね。「クラシックってこんなに面白いんですね!また聴きに行きたいです!」って言ってくれる人を増やしたいと、すごく思います。
楽器を持ってふらっと入ったカフェで、お店の人と仲良くなって「それチェロですか?弾いてください!」って言われてそのままそこで弾いていると、たまたま居合わせたお客様がすっごく喜んでくださって、コンサートのチラシを渡すと来てくださることもあります。そういうことが大好きで結構やっているんですよ。そうするとクラシックファンが一人増えるわけなので、そういうことはこれからもやっていきたいですね。
――貴重なお話をありがとうございました。
2016 年5月取材
※インタビュー内容・写真は取材当時のものです。
※プロフィールの内容は2016年8月17日現在のものです。
※掲載中の文章・写真の無断転載を禁じます。